dobochon’s diary

宮原清の夢日記

「足の指の研究ー2」

dobochon2007-02-11

足のツメも、手の場合と同様にに小指から切り始めるわけだが、
そのとき触れられる足の指側の感触に、以前からどうしても腑に落ちない点があった。
ツメ切り作業の途中で、特に中指あたりで自分が何指を触っているのか分からなくなるのである。
長年の研究の結果、「足の指5本は、手の指5本にきちんと対応していない」ということが判明した。

これがどういうことなのか確認したい。そこでまず、改めて手の指を1本ずつ触り、それぞれの指の個性を洗い出してみる。
小指はいかにも小指だ。マイクを持つ手に表情を与えてくれるだろう。
薬指は、その存在の優しさからしばしば「お姉さん」に例えられるが、
ピアノを弾く時に最も言う事を聞 いてくれないのがこの子だ。
中指はどうか。こいつは手強い。欧米では特に男らしさの象徴として機能する場合もある。
こいつがいなかったら、スーパーで 一週間分の買い物をした時に
満タンのレジ袋を車まで運ぶのは到底無理だ。
人差し指。こんなに使えるやつもそうはいない。まあ、いろんな意味でだ。
そして親指といえば、云うまでもなく親指だ。


さて、では足の指の方を一本づつ同じように触っててみよう。
ここからはこれをお読みの方も実際に自分の足指に触りながらどうぞ。
まず小指。力は無いわ、自分一人では何もできないわで、
これは手の小指とほぼ同じ存在感といっていい。
次に薬指。これもまあ何となく薬指っぽい。
ところが、次の中指を触った途端、我々は経験した事の無い不安に教われる。
この指の中途半端さは一体どうした事か。
手の中指が持つ存在感とは似ても似つかない見知らぬものが、
行き場を失って妙な位置に生えているという感じ。
突然見知らぬ浜辺に立たされた異邦人のようではないか。
そして人差し指を触った瞬間、私は愕然とする。
なんと、これこそが手でいうところの中指に相違ない。
となると残った親指とはいったい・・・?
思った通りこいつは実は人差し指そのものだ。
従って、私の足には本来あるはずの親指が喪失している。こう感じるの私だけなのか?
〈つづく〉